コトパクシ(5897m)

   1月2日、決められた10時に一斉に起床し、階下の食堂へ静かに下りる。 カヤンベに続き不覚にも熟睡してしまった。 出発の準備をしているパーティーはまだ少ない。 キッチンの入口のカウンターには大きなジャーが置かれ、管理人が沸かしてくれたお湯を自由に使うことが出来た。 セバスチャンの予想では山頂まで8時間は掛かるだろうとのことで、予定どおり山小屋を11時に出発した。 霧が発生しているようで星や月は見えない。 

   6年前のアタックの時は山小屋から右の方に回り込みながら深雪をラッセルして登った記憶があったが、今日はそのまま山頂の方角に向けて赤茶けた砂礫の道を直登していく。 30分足らずで雪が現れたが、氷河ではなくただの残雪のようで、昨日のトレースを利用しアイゼンも着けずに登る。 間もなく傾斜が増してきたのでアイゼンを着ける。 先行しているパーティーはいないようだが、後方にはヘッドランプの灯りが沢山見えた。 30分ほど登った所でロープを結ぶ。 セバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーが先頭になり、平岡さんと私達のパーティーが続く。 しんがりはドメニカと朋子さんとIさんだ。 

   大晦日・元旦と少なくとも2日間天気が良く、大勢のパーティーが登っているためトレースは明瞭で、一部は登山道のようにさえなっていた。 カヤンベと比べると風も殆どなく、順応も確実に進んでいるので登高スピードは予想よりも速い感じだ。 このまま順調に進めばセバスチャンの予想よりも早く山頂に届きそうな感じがした。 間もなく後続のパーティーに道を譲る。 マルシアーノ達のパーティーだった。 振り返ると眼下の町の夜景が奇麗だ。 途中のクレバス帯では1か所だけスタカットで進んだが、それ以外では全く難しい所はなく、空には月も見え始めたので早くも登頂の手応えを感じた。 氷河はカヤンベのように緩急はなく、一定の斜度を保ちながら登り一本調子だ。 途中の休憩で後続のドメニカと朋子さんとIさんのパーティーを30分近く待ったので体が冷えてしまい、薄手のダウンジャケットを着込む。 先行しているセバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーのヘッドランプもすでに見えなくなった。 5500m付近からは風も少し出てきて寒さが厳しくなったが、前を登る妻の足取りは相変わらず力強く安堵する。

   前の日からの長い夜が終わり、5時半過ぎにようやく空が白み始めた。 すでに下りてくるパーティーがあり、登頂の成否を尋ねると、「あと山頂まで20分で着きますよ」という嬉しい答えが返ってきた。 間もなく前方に山頂と思われるドーム状のシルエットが見えた。 先行しているセバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーはもう山頂に着いているだろう。 

   6時過ぎに待望のコトパクシの山頂に辿り着く。 登る前には想像すら出来なかったが、まだ日の出前だ。 今日も良く頑張った妻を抱擁し、登頂請負人の平岡さんと固い握手を交わす。 先に登頂した哉恵さんやOさんとも肩を叩き合って登頂を喜び合う。 リベンジが叶ったことに加え、カヤンベの件があったので喜びも一段と大きかった。 哉恵さんを無理やりエクアドルに誘ったが、とりあえず最低限の目標を達成出来て少し肩の荷が下りた。 眼下にはこの山のトレードマークになっているすり鉢状の巨大な噴火口が見え、そのユニークな景観に心を奪われる。 周囲を見渡すと、アンティサナ(5753m)と双耳峰のイリニサ(5248m)、そして遥か雲海の向こうに頭を出しているチンボラソが見えた。 間もなく図らずも山頂からご来光を拝むことになり、感動を新たにする。 興奮が覚めやらず、皆で何度も写真を撮り合う。 風がないのもラッキーだった。 山頂には登山者が次第に増え、私達を含めて20人以上になった。 さすがにエクアドルで一番人気のある山だ。 6時40分にドメニカと朋子さんとIさんのパーティーが山頂に着き、めでたく全員の登頂が叶った。 もう何も言うことはない。

   下りは平岡さんとドメニカが交代し、ドメニカと私達でロープを結ぶ。 7時過ぎに山頂を辞したので、結果的に1時間以上も山頂にいたことになる。 ずっと暗闇の中を登ってきたので、見える景色は新鮮だった。 山頂直下の『ヤナサチャウォール』と呼ばれる雪の付かない絶壁や、芸術的なセラック・クレバスなどが意外と多く、あらためてこのエクアドル一の名山に登れて本当に良かったと思った。   

   あまり休憩せずに下ったので、山頂から2時間ほどで取り付きに着いた。ドメニカには先に行ってもらい、登頂の余韻に浸りながらのんびりと装備を解く。 誇らしげにホセ・リバス小屋に着き、荷物の整理をしてから食堂でゆっくりお茶を飲もうと思っていたが、今すぐならバスが上がってこられる所まで他のエージェントの車を借りて下りることが出来るとのことで、急いでもう訪れることはないホセ・リバス小屋を後にする。 図らずも正午にはタンボパクシ小屋に着き、美味しいランチを食べることが出来た。 食事をしていると、今回の“火付け役”となったガイドのハイメが小屋に現れ、嬉しい再会となった。 昼食後は今日の宿泊先のホテル『クエロ・デ・ルナ』に向かう。 バスに乗ってからホテルに着くまで爆睡したことは言うまでもない。 ホテルはパンアメリカン・ハイウェイからコトパクシ国立公園に入る地点にほど近い田園地帯にあり、歴史を感じさせる宿だった。 暖炉のあるラウンジで寛いでいると、平岡さんから現時点での天気予報では、チンボラソはしばらく天気が悪く、まとまった雪が降るという話を聞いた。


ホセ・リバス小屋を11時に出発する


赤茶けた砂礫の道を直登する


傾斜が増してきた所からアイゼンを着けて登る


平岡さんとロープを結ぶ


トレースは明瞭で、一部は登山道のようにさえなっていた


途中のクレバス帯では1か所だけスタカットで進んだ


空が白み始め、前方に山頂と思われるドーム状のシルエットが見えた


山頂直下


日の出前にコトパクシの山頂に辿り着く


先に登頂した哉恵さんやOさんと登頂を喜び合う


山頂からご来光を拝む


すり鉢状の巨大な噴火口


遥か雲海の向こうに頭を出すチンボラソ


朝陽に照らされた広い山頂


皆で何度も写真を撮り合う


山頂から見たアンティサナ


朋子さんとIさんのパーティーが登頂する


雲海に投影するコトパクシ    背景はイリニサ(左)とコラソン(右)


全員が登頂したコトパクシの山頂


山頂直下を下る


芸術的なセラック


クレバス帯


ヤナサチャウォール


辿ってきたトレース


ホセ・リバス小屋に戻る


車道の終点の駐車場から見たコトパクシ


タンボパクシ小屋でのランチ


ガイドのハイメと再会する


ホテル『クエロ・デ・ルナ』


暖炉のあるラウンジで寛ぐ


想い出の山    ・    山 日 記    ・    T O P