カヤンベ(5790m)

   12月28日、天気は昨日より少し悪く薄曇りだ。 起床後のSPO2と脈拍は93と63で、脈は下がった。 食欲も相変わらず旺盛だが、今日から高い所に行くので朝食は控えめにする。 今日は明日のカヤンベ登山の起点となるカヤンベ小屋(4600m)まで車で行き、そこに泊まる予定だ。 朝食後にガイドのドメニカがセバスチャンと一緒に宿に来た。 意外にも童顔のドメニカはまだ20代の若さで、ガイド歴は4年とのことだった。 カヤンベ小屋までは車道が通じているため車で上がれると思ったが、セバスチャンの話では路面の状態が悪いので山小屋の手前から1時間ほど歩かなければならないらしい。 バスでは到底上がれないので、セバスチャンの車に先発隊の哉恵さん、Iさん、朋子さんが乗り、全員の荷物を積み込んで私達はバスで行ける所まで上る。 

   『カヤンベ小屋まで36キロ』という標識から国道を右に折れて石畳の道へ入る。 日本の梅雨空のようなどんよりとした鉛色の空でカヤンベは今日も見えない。 山麓では農業や酪農が盛んで、ビニールハウスや大型のトラクターで開墾している風景が見られた。 最後の集落でバスを停め、セバスチャンの車が戻ってくるのを待つ。 1時間足らずでセバスチャンの車が戻ってきたので私達も車で山小屋に向かう。 予定どおり荷物だけ車で山小屋まで運び、山小屋の数キロ手前から車を降りて歩く。 途中から雨が降り出し、明日の登頂のことがとても気になった。 

   車道を1時間少々歩き、標高4600mのカヤンベ小屋に着く。 3階建ての石造りの立派な山小屋で、宿泊客は私達を含め30人くらいと意外に多かった。 濡れた衣類を乾かしながら広い食堂で寛いでいると、急速に青空が広がり、カヤンベの頂上方面が見えた。 やはりエクアドルの山は気象の変化が激しい。 夕方のSPO2と脈拍は82と72で、この標高にしてはまずまずの数値だった。 明日の出発は零時半と決まったので、ガイド達が作ってくれた夕食を早めに食べて7時半に寝た。


部屋に遊びに来た宿の飼い猫


セバスチャンの車が先行し私達はバスで行ける所まで上る


山小屋の数キロ手前から車を降りて歩く


車道の終点に建つカヤンベ小屋


3階建ての石造りの立派なカヤンベ小屋


食堂で寛ぐ


二段ベッドの寝室


カヤンベ小屋から見たカヤンベ


   12月29日、決められた11時半に一斉に起床し、パンやチーズを食べ持参したスープを飲んで零時半に出発。 疲れが溜まっていたのか熟睡してしまったが、不思議と頭痛は全く無かった。 満天の星空で気温も低くないが、山小屋の前でも風が吹いていたので、オーバーパンツの下に薄いダウンパンツを履く。 山小屋から山頂までの標高差は1200mほどあり、順応途上の体には結構きつい。 氷河の取り付きまで1時間ほどで着くと思われたが、順応不足や風が強かったことでペースが上がらず1時間半を要し、そこからアイゼンを着けアンザイレンして出発するまで2時間以上掛かってしまった。 

   取り付きからのパーティー編成はセバスチャンに私と妻、ドメニカに哉恵さんとOさん、平岡さんに朋子さんとIさんとなった。 氷河は風で硬く締まり登り易かったが、斜度がそこそこあったので息が切れる。 前を登る妻は順応が上手くいっているようで、私が必死に登らないとついていけないほどペースが速かった。 後続の哉恵さんと及川さんのパーティーとの間隔が開いてしまうほどだったので、時々ロープを引っ張ってペースを落とすように促す。 暗闇の中、風はますます強くなり不安が募るが、上方に揺れている先行パーティーのヘッドランプの微かな灯りに勇気づけられる。 

   取り付きからほぼ1時間半毎に休憩し、6時前にようやく周囲が明るくなった。 頭上には頂稜部の巨大なセラックが威圧的に立ちはだかり、山頂はまだ遠そうに思えたが、風はどうにか収まり青空も広がってきたので、登頂の可能性は高まった。 セラックの真下まで来た時、セバスチャンからあと1時間ほどで山頂に着くが、上空の風が非常に強いので到着後は後続を待たずに引き返すとの指示があった。 最後の力を振り絞って急斜面を駆け登りセラックの中に入ると、上からロープをフィックスしてクライムダウンしてくるパーティーを待つことになった。 セラックの状態が悪いのか、長い間待たされた。 この核心部をクリアーして上に抜ければ待望の山頂が待っていると思ったのも束の間、下りてきた知り合いのガイド二人から上の状況を聞いたセバスチャンから「山頂直下のクレバスが5mほど開いて渡ることが出来ないため、ここで引き返します」と、突然の下山指示があった。 想定外の衝撃的な出来事に気持ちが萎えてしまい、上に登ってクレバスを見ることなく下山指示を受け入れてしまったことが今となっては悔やまれる。 少し離れた所で待機していた哉恵さんとOさんに身振りで合図し、断腸の思いで下山を始める。 強い風と順応不足の体にムチ打ってここまで登ってきたことに加え、深みを増した空の青さが悔しさに拍車をかける。 セラックの入口で平岡さんと登ってきた朋子さんとIさんのパーティーを待って造り笑顔で記念写真を撮った。 

   登りでは暗くて分からなかったが、氷河は広く凹凸も少なかったので、スキーをするには絶好の斜面だった。 雪はまだ締まったままだったので下山のスピードは速い。 取り付きには10時に着き、1時間後の11時に山小屋に戻る。 車は1台しかないので先発隊の女性陣を見送り、しばらく食堂で寛いでから平岡さんご夫妻とドメニカと一緒に車道を歩いて下る。 運良く途中で他の車の荷台に乗せてもらい、下からUターンしてきたセバスチャンの車に拾われる。 途中で乗り換えたバスの中では今日も皆爆睡だ。 今日の宿泊先のパパジャクタ温泉に向かう途中、デポした荷物をピックアップするためにグアチャラの宿に立ち寄ったが、私達の落胆度合いがとても大きかったため、宿のテラスでセバスチャンがわざわざ山に登れなかった理由について、「山頂直下のクレバスには以前から丈夫なスノーブリッジが架かり、一番信頼している先輩のガイドから3週間前には問題なく渡れたという話を聞いていたが、今日上で会った知り合いのガイド二人からスノーブリッジが崩壊し、渡ることが出来なかったという話を聞いて安全性を第一に考え下山を決めた」と丁寧に説明してくれた。

   キトの東30キロ位に位置するパパジャクタ温泉には夕方になって到着した。 山の中の湯治場くらいに考えていたパパジャクタ温泉の施設は予想以上に素晴らしく、まるで4ツ星級のホテルのようだった。 小雨が降ってきたので中庭の温水プールには入らずに室内の内湯で済ませる。 夕食は周囲にレストランがないのでホテルのレストランを利用したが、メニューが豊富で非の打ちどころがない。 注文した料理はどれもみな美味しかった。 館内は年末年始ということもあり大勢の宿泊客で賑わっていた。


ガイドのドメニカ


零時半に山小屋を出発する


氷河の取り付きを出発するまで2時間以上を要した


氷河は風で硬く締まり登り易かった


6時前にようやく周囲が明るくなった


妻は順応が上手くいっているようでペースがとても速かった


頂稜部の巨大なセラック


風は収まり青空も広がってきたので登頂の可能性は高まった


セラックの中に入る


後続の哉恵さんとOさんのパーティー


後続の朋子さんとIさんのパーティー


最高到達点となったセラックの入口で記念写真を撮る


氷河の取り付きに向けて下る


予想以上に大きかったカヤンベの氷河


氷河の取り付き


パパジャクタ温泉


中庭の温水プール


山 日 記    ・    T O P