キタラフ(6036m)

    7月19日、零時前に起きると、奇跡的と思えるほど満天の星空になっていた。 しかも今のところ風は全くない。 半月がこうこうと頭上で輝いている。 朝食のアルファー米を食べる。 ありがたいことに今日も快便だ。 妻やスタッフ達に見送られて1時過ぎにH.Cを出発する。 パーティー編成は昨日と同じだ。 雪壁の取り付きまでは雪原を緩やかにしばらく下った後、緩やかにだらだらと登っていく。 今日は先行パーティーはいない。 マックスが言っていたとおり昨日は1パーティーだけキタラフに登ったようで、10センチほどの新雪があったにもかかわらず、所々に微かな踏み跡が残っていた。 アグリが先頭でラッセルしながら進むのでペースはゆっくりだ。 緩やかな雪原をしばらく登っていくと幅の広い雪稜の末端となり、ジグザグを切りながら標高を稼いでいく。 

    H.Cから1時間半ほどで雪壁の取り付きに着いた。 一昨日のアルパマヨと同様に取り付きには複雑な地形をしたクレバスがあり、暗闇の中をアグリが安全なルートを模索している間、しばらく待たされる。 気温はマイナス10度くらいだろうが、高度の影響で足の指先が冷たくなってくる。 セカンドの私とラストの平岡さんが入れ替わり、際どいクレバスの縁を上からアグリに確保されながら平岡さんとコンテで足早に駆け登る。 意外にもいつの間にか他のパーティーが追いついてきたが、何故かクレバスの手前で引き返していった。 クレバスを越えると傾斜が急になり、そこから頂上稜線まで終始ダブルアックスでの登攀となった。 登攀のシステムはアルパマヨと全く一緒だが、アルパマヨはシーズン初めにガイドたちが要所要所にビレイポイントを設けてそれを利用するが、キタラフにはそれがないため、1ピッチごとにスノーバーを打ち込んでビレイポイントを設けなければならず、必然的に登攀時間が長くなる。 雪壁の傾斜は45度から50度くらいでアルパマヨに比べると楽で、また登山者が少なくルートが荒れていないので、雪は落ちてきても氷の塊が落ちてくることはなかった。 昨夜の新雪の影響も全くなく、雪壁のコンディションは良い。 一方、待ち時間が長くなるので足の指先が痛くなり、今日も凍傷の心配ばかりしていて嫌になる。  

    雪原を隔てて、アルパマヨを登っている登山者のヘッドランプの灯りがまるで星座のように見えて面白い。 次第に夜が白み始め、アルパマヨやサンタクルスの黒いシルエットが闇から浮かび上がってくる。 取り付きから4ピッチ目に入ると東の空が茜色に染まり始め、今回の山行中で一番美しい朝焼けの景色が見られた。 ビレイ中なので写真を撮ることは出来なかったが、その荘厳な美しさにセブンサミッターの島田さんも下山後に“未だかつてない美しい朝焼け”と評していた。 サンタクルス(6241m)の頂稜部が朝陽に染まり、間もなくプカフィルカ(6039m)の山頂からのご来光となった。 遠くタウリラフ(5830m)もすでに目線の高さになった。 足場の悪いビレイポイントで細心の注意を払って写真を撮り、サングラスをかけて一息入れる。 頂上稜線も視野に入り、あと2〜3ピッチで稜線に届くことが予見された。 強烈な陽射しで体も暖まり、足の指先の心配からもようやく解放された。

    6ピッチ目に入った時、突然“ドスン”と体に強いショックを感じてハッと目が覚めた。 ビレイポイントでセルフビレイを取っていたスリングが伸び切り、それに体を完全に預ける形で後ろにのけぞっていた。 一瞬自分でも何が起こったのか分からなかった。 すぐ近くにいたマックスは、私に大きな落氷が当たったのではないかと心配してくれたが、数秒後にロープを繰り出しながら居眠りをしていた事が分かり愕然とした。 酸欠により疲労が蓄積していたことに加え、体が暖まって気持ちが緩んだことが原因だった。 トップのアグリを巻き込まなくて良かったと思ったのも束の間、手の指先と甲が熱くビリビリと痺れ始めた。 痺れはみるみる増幅し、体全体に回りそうな勢いで、まるで感電しているような感じだった。 明らかに過呼吸による高山病の症状だ。 呼吸をあまりせず、無意識にロープを繰り出していたせいだろうか。 平岡さんに症状を説明し、アグリの確保を代わってもらう。 テルモスの紅茶を何杯も飲んでから、雪壁に体を預けてゆっくり深呼吸を繰り返す。 平岡さんから他に高山病の症状が出ていないか訊かれ、両目がそれぞれ見えているかとか、頭が働いているかとかといった基本的な確認をあらためて行う。 平岡さんから上に行くほど症状は悪くなるので、症状が良くならなければH.Cへ下山することを勧められた。 症状の変化をつぶさに観察しながら進退について真剣に思い悩む。 この程度のことで下山してはこの先8000m峰の登頂はおぼつかないし、だからと言って高山病を甘く見てはならない。 今回はマンツーマンだったことが救いだ。 休んでいる間に島田さんが下から追いついてきた。

    20分ほどでようやく痺れが弱まってきたので、様子をみながら登り続けることにした。 ありがたいことに手や足は正常に動き、呼吸も苦しくなかった。 手の痺れ以外は体が正常に機能することが分かり自信が持てた。 それまでの半分以下のペースで這うように1ピッチ登ると、逆に呼吸が促進されて痺れはほぼなくなった。 図らずも次の8ピッチ目で稜線上の小さなピークに辿り着いた。 アルパマヨの眺めが素晴らしいが、いつの間にか霧が周囲を覆い始めていた。


 

1時過ぎにH.Cを出発する


H.Cから見た未明のキタラフ <妻の撮影>


黎明のアルパマヨ


H.Cから見た朝焼けのサンタクルス <妻の撮影>


朝陽に染まるサンタクルスの頂稜部


H.Cから見た朝陽に染まるキタラフの頂稜部 <妻の撮影>


プカフィルカの山頂からのご来光(右端がタウリラフ)


アルパマヨ


5ピッチ目をリードするマックス


6ピッチ目をリードするアグリ


サンタクルス南峰


    雪庇の発達した頂上稜線には新雪が数10センチ積り、100mほど先に見える山頂までまだ相当時間が掛かりそうに思えた。 すでに10時半になり、H.Cを出発してから9時間以上が経過していたので、もしかしたら今日はここで終了かと思ってアグリに訊くと、意外にも山頂まで10分で着くとのことでにわかに嬉しくなった。 小さなピークから僅かに山頂側に下るとちょっとした平らなスペースがあり、しばらくそこでゆっくり休憩して英気を養う。ザックをデポし、ここからはマックスを先頭に1本のザイルで6人が繋がり、要所要所に青い小旗(ワンド)を立てながら指呼の間の山頂に向かう。 新雪のラッセルは見た目ほどではなく、アグリが言ったとおり山頂の雪庇の基部まですぐに着いた。 雪庇の基部でロナウがマックスを確保し、マックスが10mほど先の山頂に慎重にトレースをつける。 11時半に猫の額ほどの狭い山頂に全員が寄り添うように乗っかり、肩を叩き合って登頂の感激を分かち合う。 生憎の霧で山頂の向こう側に見えるはずだったアルテソンラフやチャクララフ、ワンドイなどの山々の展望は叶わなかったが、一度は諦めかけた山に登れたことでアルパマヨ以上に感動した。  

    記念写真を撮り終えると雪庇で不安定な山頂を辞してザックをデポした場所で再びゆっくり休憩する。 雲が多いのが玉にキズだが、アルパマヨやプカフィルカ、そしてサンタクルスの眺めが圧巻だ。 12時半に重い腰を上げて下山を開始する。 バイルをザックの中にしまい、小ピークから雪壁の取り付きまで全て懸垂下降で下る。 間もなく下から登ってくるパーティーと行き違ったが、彼らは時間切れで稜線上の小ピークまでしか登らなかったようだ。 夕方の4時前にようやくクレバスを越えて雪壁の取り付きに着いた。 予定よりも下山が大幅に遅れたため、テントキーパーのスタッフ達が気を利かせて食べ物と飲み物をH.Cから運んできてくれた。 すでに水もなくなり、雪を拾いながら口に含んでいたのでありがたかった。 しばらく寛いでから島田さんのリクエストでH.Cまでの勾配の緩やかな雪原を足早に歩き、5時に留守番役の妻が首を長くして待つH.Cに着いた。 

    一日中無事を祈り続けていた妻と抱擁し、アグリ、マックス、ロナウ、そして平岡さんと島田さんと再び力強く握手を交わし合って登頂の喜びを新たにする。 間もなくまた小雪が舞い始めたが、アーベンロートに染まる妖艶なアルパマヨの姿を堪能することが出来た。 14時間にも及ぶ行動で疲れ果てていたが、テントの中で夕食を食べながら今日の出来事をつぶさに妻に報告する。 昨年に続き、計画していた3つのピークの全てに立つことが出来て本当に幸運だったとしみじみ思うと同時に、私に付き合って4日間も低圧の過酷な環境に耐えてくれた妻には本当に頭が下がる思いだった。


雪庇の発達したキタラフの頂上稜線


キタラフの山頂へマックスが慎重にトレースをつける


キタラフの山頂から見たアルパマヨ


猫の額ほどの狭いキタラフの山頂


キタラフの山頂から見た頂上稜線


小ピークから見たサンタクルス


小ピークから振り返り見たキタラフの山頂


小ピークから雪壁の取り付きまで全て懸垂下降で下る


クレバスを越えて雪壁の取り付きに着く


雪原から見たアルパマヨ


H.Cから見たキタラフ <妻の撮影>


H.Cに下山する


アーベンロートに染まる妖艶なアルパマヨ


写  真    ・    南アメリカ    ・    想い出の山    ・    T O P