ピスコ(5752m)

   7月7日、意外にも夜中に頭痛はなく、軽い動悸で何度か目が覚めただけだった。 不気味なほど風がなかったが、寒気の影響かテント内の気温は5度しかなく、テントには霜が付いた。 朝食はロナウが気を遣ってお粥を作ってくれたが、私以外のメンバーの体調は万全のようで不評だった。 昨日よりもさらに雲が多く、天気はどうやら下り坂のようだ。

   いよいよ今日から3泊4日でピスコ(5752m)を登る。 初日の今日はB.C(4630m)まで登山道を標高差で700mほど登る。 明日はB.CからH.C(4850m)まで登山道を登り、明後日の未明にH.Cから山頂にアタックする予定だ。 B.Cまでは荷上げにロバが使えるので、身の回りのものだけを担いでいく大名登山だ。

   8時過ぎにセボヤパンパのキャンプ場を出発し、アグリを先頭に顕著な尾根筋の登山道を登る。 ロバが通るだけあってトレイルは明瞭だ。 セボヤパンパからは昨夏行ったラグーナ69という神秘的な湖にも行けるので、そちらに向かう人も多く見られた。 所々に大きな松の木があり、単調なトレイルの良い目標となる。 急ぐ必要は全くなく、まだ順応途上なので1時間に200mほどの標高差を稼ぐペースでゆっくり登る。 雲は多めながらも登山道からは昨日と同様にワスカラン北峰(6664m)・ワスカラン南峰(6768m)・チョピカルキ(6354m)・ヤナパクチャ(5460m)そしてピスコが順次望まれた。 荷上げのロバと共にワラスを早朝に出発したマックスが私達に追いついてきた。

   勾配が少し急になり、ジグザグを繰り返しながらしばらく登ると眼前が急に開け、だだっ広い牧草地の一角に飛び出した。 そのほぼ中央が各隊のテントが張られたB.Cで、セボヤパンパから4時間ほどで着いた。 青い色の可憐なペンカペンカの花が群生し、開放感のあるB.Cはロケーションも申し分なく、ピスコはもちろんのこと、4つのピークを持つ神々しいワンドイの東峰(6000m)・北峰(6395m)・西峰(6356m)が間近に仰ぎ見られ、傍らの丘の上にはペルーで一番古いという立派な石造りの山小屋(ペルー小屋)が建っていた。

   先行していたスタッフ達によりすでにテントは設営されており、食堂テントで昼食を食べる。 昼食後にパルスで計測した血中酸素飽和度は私が62、妻が64で、脈拍は私が80、妻が85だった。 最近日本人のお客さんが増えたのか、マックスは日本語の習得にやっきになっていて、その姿がとても滑稽だった。 午前中は曇りがちの天気だったが、午後になると次第に回復して良い天気になった。

   高所順応のためH.Cへの登山道をさらに1時間近く登ったが、B.Cまでで酸素を使い切ってしまったようで足が重たい。 目標としたモレーンの背まで上がると、ピスコとワンドイが眼前に大きく迫り、チャクララフの頂稜部も間近に仰ぎ見られた。 順応が目的なのでモレーンの背に30分以上滞在してからB.Cに戻った。


セボヤパンパのキャンプ地


B.Cへの登山道から見たワスカラン北峰(右)とワスカラン南峰


B.Cへの登山道から見たピスコ


ワラスを早朝に出発したチーフガイドのマックスと合流する


B.Cへの登山道は明瞭で歩き易かった


B.Cへの登山道から見たチョピカルキ


B.Cの手前から見たピスコ


B.Cの手前から見たワンドイ東峰(右)とワンドイ北峰(左)


広く開放感のあるB.Cはロケーションも申し分ない


昼食のハンバーグ


可憐なペンカペンカの花


B.Cから見たピスコ


B.Cからモレーンの背へ登る途中から見たワンドイ西峰


モレーンの背から見たピスコ


モレーンの背から見たチャクララフの頂稜部


モレーンの背から見たワンドイ東峰(左)とワンドイ北峰(右)


モレーンの背からB.Cに戻る


ペルーで一番古いという石造りの山小屋(ペルー小屋)


B.Cから見たヤナパクチャ


ガイドのマックス(右)とアグリ(左)


チーズの揚げ物


   7月8日、まだ順応が不十分なことに加え、昨日の最後の散歩が堪えたようで、夜中に動悸で何度か目が覚めた。 アマゾン側は厚い雲海に覆われていたが、上空は快晴でワンドイの素晴らしい朝焼けの景色を堪能する。 B.Cからピスコにアタックすることも可能だが、私達はもう1つ上のH.C(4850m)からアタックするため、午前中にH.Cに移動する。

   B.Cから昨日登ったモレーンの背まで1時間弱で登る。 展望の良いモレーンの背で山々の景色を充分堪能した後、浮石の多いガレた急斜面を100mほど下り、ケルンに導かれながら大小の岩の散在するモレーン帯を抜けてH.Cまで登り返す。 H.Cの直下にはエメラルドグリーンの美しい小さな氷河湖(ピスコ湖)があり、迫力あるワンドイの景観に圧倒されながら明瞭な登山道を登っていくと、下からは想像できないほど広く平らなH.Cに着いた。 B.Cから氷河の舌端の直下にあるH.Cまでは累積標高差が300mほどだったので、休憩を充分取りながらでも3時間ほどの道程だった。

   H.Cの傍らに石のテーブルと椅子があり、車座になって昼食を食べる。 食欲はあるが相変わらず体調はあまり良くなく、いつものようにカラ元気に振る舞って過ごす。 スタッフ達は昨年とほぼ同じ顔ぶれだったが、3時のティータイムにあらためて自己紹介をして親睦を深める。 ガイドのマックス・アグリ・ロナウ以外は、エルセリオ・ロベルト・フリオ・マルエル・ルカス・ミゲルの6人だ。

   昨日とは反対に午後に入ると寒気の影響で天気は下り坂となり、気温は5度位まで下がった。 テントは一つ減り、私達二人と島田さんが同じテントの住人となった。 H.Cなので夕食はアルファー米を自炊するのが一般的だが、ここは水も取れるため、ロナウがスパゲティー(カルボナーラ)を作ってくれた。 夕焼けもなく明日の天気が懸念されたが、予備日がないため天気に関係なく明日は頂上アタックとなる。


B.Cから見た朝焼けのワンドイ東峰(右)・北峰(中央)・西峰(左)


B.Cから見たチョピカルキと雲海


B.Cから見たチャクララフ西峰の頂稜部


B.Cから見たワンドイ北峰


朝食のパンケーキ


午前中は快晴の天気になった


B.Cを出発する


モレーンの背から見たワンドイ東峰(右)とワンドイ北峰(左)


モレーンの背から見たワンドイ北峰(右)とワンドイ西峰(左)


モレーンの背から見たワスカラン(右)とチョピカルキ(左)


モレーンの背から見たピスコ


モレーンの背から浮石の多いガレ場を下る


エメラルドグリーンのピスコ湖


H.C手前から見たピスコ


広く平らなH.C


石のテーブルと椅子で車座になってティータイムを楽しむ


スタッフ達と自己紹介をする


H.Cから見たチョピカルキ


夕食のスパゲティー(カルボナーラ)


   7月9日、夜中の1時半前に起床。 B.Cとの標高差は200mほどしかないが、夜中は軽い頭痛が続いて全く眠れなかった。 鼻づまりも酷く、狭いテントで妻や島田さんにも迷惑を掛けてしまった。 一方、嬉しいことに空には満天の星で風もなく、予想以上に暖かい。 石のテーブルに用意されたスープとクッキーを食べ、2時半過ぎにH.Cを出発した。 軽い頭痛や動悸は、深呼吸を繰り返し体を動かすことで解消した。

   氷河の取り付きまで僅かに登山道を登り、氷河の取り付きからアイゼンを着けてザイルを結ぶ。 パーティー編成は、チーフガイドのマックスに島田さんと妻と私とエルセリオ(途中でロナウと交代)、ガイドのアグリに中山さんと鈴木さんと林ガイドとロナウ、そして殿(しんがり)が平岡さんとロベルトだ。 エルセリオとロベルトは下山時にスキー滑降する鈴木さんと林ガイドのスキー板を担いで登る。 上方にはすでに先行パーティーのヘッドランプの灯りが揺れている。 氷河上はさすがに気温は低いが、風もなく登るにはちょうど良い。

   少し傾斜のある取り付き付近を過ぎると、その後は幅の広い雪稜を緩急を繰り返しながらひたすら登る。 さすがに人気のある山なので、多くの登山者によって踏み固められた明瞭なトレースがあり、順応不足の体にはとても助かる。 三日月が頭上でこうこうと輝き、ワンドイのシルエットが暗闇から浮かび上がってくる。 ペースは非常にゆっくりで、途中で何組かの若者を中心としたパーティーに道を譲る。 山の西側斜面を登るため山頂直下まで陽が当らなかったが、6時過ぎには周囲が明るくなり、初めて拝む憧れのアルテソンラフ(6025m)・カラツ東峰(6020m)・カラツ西峰(6025m)・アルパマヨ(5947m)・キタラフ(6036m)などの山々のピークが淡く染まり始める。

   後続のアグリ達のパーティーとの差が開いてきたので、途中の休憩時にスキーを背負ったエルセリオに代わってロナウが私達のパーティーに入ったが、ロナウは何とGパンをはいていた。 島田さんのペースが非常にゆっくりだったので、歩きながら写真が沢山撮れて良かった。 ソフトクリームを重ねたような山頂方面に通じる雪稜の景観がユニークだ。 大きなクレバスのある山頂直下で、それまで雪稜に隠されていたチャクララフ(6112m)が見え始め、眼下にはブルーの水を湛えた神秘的なラグーナ69(湖)も見えた。


H.Cから氷河の取り付きまで僅かに登山道を登る


多くの登山者によって踏み固められた明瞭なトレースがあった


ワンドイのシルエットが暗闇から浮かび上がってくる


夜が白み始める


黎明のカラツ東峰(中央右)とカラツ西峰(中央左)


アルテソンラフとアルパマヨ(左端)


朝焼けに染まり始めるワンドイ東峰(右)と北峰(左)


何組かの若者を中心としたパーティーに道を譲る


後続のアグリと平岡さん達のパーティー


山の西側斜面を登るため山頂直下まで陽が当らない


アマゾン側の雲海とコントライェルバス


ワンドイ東峰(右)・北峰(中央)・西峰(左)


山頂手前の緩斜面


   山頂直下の急斜面を初めてスタカットで登り、8時半前に快晴無風のピスコの山頂に辿り着いた。 眼前にはピスコ東峰(5700m)と双耳峰のチャクララフが大きく迫り、プカフィルカ西峰(6039m)やコントライェルバス(6036m)なども遠望され、ブランカ山群随一の大展望に興奮が覚めやらない。 私達のみならずロナウも初登頂となり、マックスから祝福されていた。 すでに他のパーティーは全て下山してしまったので、図らずも山頂は私達のパーティーだけで貸し切りとなった。 マックスと周囲の山々の山座同定を行い、写真を撮ったりビデオを回したりしながらアグリ達のパーティーを待つ。 初めて高所登山を経験する鈴木さんは相当疲れた様子だったが、中山さんや林ガイドと一緒に30分ほど後に山頂に着いた。 天気と展望が良かったのみならず、メンバー全員がこの素晴らしい頂に登頂出来て本当に良かった。


山頂直下の急斜面をスタカットで登る


ピスコの山頂


山頂から見たカラツ東峰(中央右)・西峰(中央左)・キタラフ(右奥)


山頂から見たワスカラン 南峰(中央左)とワスカラン北峰(中央右)


山頂から見た チョピカルキ


アルテソンラフ(右)・アルパマヨ(中央奥)・キタラフ(左)


ピスコ東峰(右)・アルテソンラフ(左)・プカフィルカ西峰(中央奥)


山頂から見たチャクララフ


山頂から見たラグーナ69(湖)


ピスコの山頂での島田さん


ピスコの山頂での中山さん


ピスコの山頂での鈴木さん


メンバー全員が登頂したピスコの山頂


   記念写真を撮り合ったりしながら1時間ほど山頂に滞在して下山する。 鈴木さんと林ガイドは山頂直下から氷河の取り付きまでスキーで滑ったが、雪質もちょうど良くて気持ち良さそうだった。 むろん私もスキーで滑りたかったが、本命のアルパマヨのために自重した(高所でのスキーは体内の酸素を非常に消費するため)。 山頂から氷河の取り付きまで2時間足らずで下り、H.Cで装備を解いてからB.Cまで下る。 午前中の良い天気が嘘のように、午後に入ると天気が崩れ始め、いつの間にか上空は鉛色の空となった。 浮石の多いガレた急斜面をモレーンの背まで100mほど登り返すのは辛かったが、雨に降られることなく3時前に快適なB.Cに着いた。 夕食もさることながら、おやつに出た炒りたてのポップコーンがとても美味しく、久々にお腹のことを気にせずに食べた。


山頂直下から氷河の取り付きまでスキーで滑降する鈴木さんと林ガイド


スキーは雪質もちょうど良くて気持ち良さそうだった


雪稜の中間部から山頂方面を振り返る


雪稜の下部から山頂方面を振り返る


氷河の取り付き


取り付きからH.Cへ


H.Cに戻る


午後に入ると天気が崩れ始め、いつの間にか上空は鉛色の空となった


B.Cに戻る


炒りたてのポップコーン


夕食の鶏肉料理


   7月10日、ようやく順応したのか、それとも疲れていたのか、久々に朝まで熟睡出来た。 昨日の午後からの悪い天気は変わらず、早朝は小雪が舞いピスコも霧に包まれていた。 今日がアタック日でなくて本当に良かった。 昨夜の打ち合わせどおり、朝食後にスタッフ達にチップを手渡すセレモニーを行う。 今回も彼らの献身的なサポートには本当に頭が下がる思いだ。

   8時半過ぎにB.Cを出発。 天気は相変わらず曇ったままで、周囲の山々は見えない。 写真を撮ることもなく普段のペースで下ったので、登山口の手前のセボヤパンパのキャンプ場に僅か1時間半ほどで着いた。 相変わらず日本語の勉強に余念がないマックスに、林ガイドが持っていた電子辞書をプレゼントした。 迎えに来たエージェントの車に乗り、宿泊するワラスのホテルに向かう。 ユンガイまで悪路を揺られながら下り、その先の河原で下車してランチタイムとなる。 2時にワラスのホテル『コロンバ』に到着。 ホテルは高い塀に囲まれ入口の門も狭かったが、中に入ると庭は広く開放的で、とてもリラックス出来る雰囲気だった。

   中山さん・鈴木さん・林ガイドが明日帰国するので、本来なら最終日に催される『パチャマンカ』の宴をスタッフ達と一緒に今晩行うことになり、夕方の5時に町外れのマックスの別荘に行く。 パチャマンカとはケチュア語で“大地の鍋”を意味するこの地方の伝統的な料理方法で、地面に掘られた大きな竈の中にアルミホイルで包んだ肉や魚(トゥルーチャ)そして色々な種類のイモと豆を、熱く焼いた沢山の石とユーカリの葉や香草と共に埋め、蒸し焼きにするパーティー料理だ。 別荘の庭にある専用の調理場でホスト役のロナウ達が行なう仕込みからの制作過程を皆で興味深く見学する。 地面に埋めた食材が蒸し上がる頃に、マックスの姉のベロニカや昨年お世話になったコックのラウルも別荘に現れた。 ピスコサワーで乾杯し、ユニークな料理に舌鼓を打ちながら皆で楽しい時を過ごす。 肉や魚はもちろんのこと、サツマイモの甘さが絶品だった。 流しのフォルクローレの演奏が途中から始まり、打ち上げの宴はさらに盛り上がった。 これも全員がピスコに登頂出来たお蔭だろう。


献身的なサポートをしてくれたスタッフ達にチップを手渡す


B.Cで全員の記念写真を撮る


登山口のセボヤパンパのキャンプ場に下る


河原でのランチタイム


ワラスのホテル『コロンバ』


ホテルの部屋


地面に掘られた大きな竈で石を焼く


食材にする色々な種類のイモ


アルミホイルで包んだ肉や魚を竈の中に埋める


竈の中から蒸し上がった食材を取り出す


コックのラウルと再会する


蒸し上がった料理(魚の下が香草で巻かれた鶏肉と牛肉)


ピスコサワー


ユニークな料理に舌鼓を打ちながら皆で楽しい時を過ごす


流しのフォルクローレの演奏で打ち上げの宴はさらに盛り上がった


山 日 記    ・    T O P