イシンカ(5530m)

   7月23日、今日から6泊7日の日程でイシンカ(5530m)とトクヤラフ(6032m)の2座を登るため、イシンカ谷のB.C(4350m)への登山口となるコユン村へエージェントの車で向かう。 残念ながら両峰ともワスカラン登頂のためのプレ登山という位置付けなので基本的に予備日はなく、イシンカへのアタック日は明後日の25日、トクヤラフは28日の1日のみである。 車中で平岡さんより今日から行動を共にする現地ガイド3名の紹介があった。 チーフガイドは平岡さんの馴染みのマキシミアーノ(通称マックス・42歳)、サブガイドはアグリピアーノ(通称アグリ・35歳)、そしてもう一人は平岡さんも初対面のエロイ(31歳)である。 皆とても優しそうな面持ちの猛者だった。

   車窓から雲間にワスカランを望み、ワラス方面に向かう幹線道路の途中から左に折れてコユン村に通じる山道に入る。 先日通ったリャンガヌーコ谷への道よりもさらに凹凸が激しく、所々でスタッフとガイド達が車から降りてスタックしないよう道を均しながら進み、のっけから先行きが危ぶまれたが、意外にも奥に進むにつれて道路の補修工事が行われていて、逆に登山口はコユン村のさらに奥にあるパシパ村の広い駐車場(コチャパンパ)となった。 標高は3500mくらいであろうか。

   コチャパンパを10時過ぎに出発し、谷間ではなく尾根筋のトレイルを行く。 朝方は晴れていたが、今シーズンの天気はどうも不順なようで、すでにワスカランも雲に隠されて見えなくなってしまった。 イシンカ谷の末端の扇状地を右の眼下に見ながら、正面に見えているウルス(5495m)の裾野を回り込むように緩やかな尾根道を進む。 普段の山歩きの3分の2くらいのペースで1時間半ほど歩くと、谷からの川が傍らを流れる広い牧草地に着いた。 のんびりとランチタイムを過ごしていると、私達の荷物を背負ったロバ(ブーロ)が何頭も通り過ぎていく。 日本では常にボッカ役なので、それと比べたらまさに大名登山だ。 運悪くアブに額を刺されてしまったが、これが後々まで響いてくるとは知る由もなかった。

   牧草地から少し登ったところでコユン村への谷筋のトレイルが右に分岐していた。 陽の当たらない谷間の鬱蒼とした樹林帯を進むと再び谷は広がり、簡素な造りの国立公園の管理事務所があった。 すでに入園料は支払ってあるので、ガイド達が入園届けに名前などを代筆してくれた。 谷は上流に行くにつれてさらに扇状に広がるようになり、再び牧草地のようになってきた。 季節は冬でしかも乾期であるが、氷河からの豊富な水流により、そこらじゅうにタンポポのような黄色い高山植物が咲いている。 相変わらずの曇天であったが、谷の奥にパルカラフ(6274m)の白い山肌が見え始めると、ようやくトクヤラフの神々しい純白の尖った頂がその左に見えた。

   夕方の4時半前にイシンカ谷のB.Cに到着。 麓からは想像も出来ないような数haもある広く平らな牧草地には、私達のテント以外に10張くらいのテントがあった。 意外にもここからは当のイシンカは見えず、トクヤラフが眼前に鎮座していた。 B.Cにのみ設営される大きな食堂テントでは、いつでもお茶やお菓子が食べられるようになっていてありがたい。 まだ順応途上なので体調は万全ではないが、今日も夕食にラウルが作ってくれた料理(メインはトゥルーチャのクリームソース煮)がとても美味しい。 食後のデザートを待っていると、ガイドのアグリが蝋燭の火が灯った大きなケーキを持ち、スタッフを連れてテントに入ってきた。 今日は妻の51回目の誕生日。 平岡さんの演出と、麓からこの大きなケーキを担ぎ上げてくれたスタッフに感謝の気持ちで一杯だった。 一同大いに盛り上がり、皆でバースデーソングを合唱すると、スタッフも現地語の歌を披露してくれた。 ケーキもとても美味しく、妻は今までで一番思い出に残る誕生日になったと喜んでいた。


ワラス方面に向かう幹線道路の途中から見たワスカラン


パシパ村の広い駐車場(コチャパンパ)を出発してイシンカ谷のB.Cへ向かう


ウルス(5495m)の裾野を回り込むように緩やかな尾根道を進む


広い牧草地の傍らでのんびりとランチタイムを過ごす


国立公園の管理事務所で入園手続き行うガイド(左からエロイ ・ マックス ・ アグリ


イシンカ谷は上流に行くにつれて扇状に広がるようになる


B.Cの手前でようやくトクヤラフの神々しい純白の尖った頂が見えた


広く平らな牧草地になっているイシンカ谷のB.C


夕食はトゥルーチャのクリームソース煮をご飯で食べる


妻の誕生日祝いの大きなケーキに驚く


   7月24日、心配していた頭痛もなく朝を迎えた。 寝起きのパルスの計測でも80%と、安静時にしては非常に良かった。 ようやくこの時期らしい晴天になりそうな空模様となり、朝焼けのトクヤラフを撮ろうとしたが生憎の逆光だった。 朝食の主菜はパンケーキとご飯であるが、私にはご飯と日本から持参した漬物が最高の御馳走だ。 朝食を食べ終わった8時頃になって、ようやく谷間にあるB.Cに陽が射し込んでくる。 3人のガイド達とあらためて簡単な自己紹介を行なう。 私達の愛称はいつもどおり“ヨシ”と“ヒロ”である。 「トクヤラフ・イズ・マイ・ドリーム!」といつものように熱く語ると、ガイド達も真剣な口調で「必ず皆さんを登頂に導きますよ」と応えてくれた。

   9時半前にイシンカのH.Cに向けてB.Cを出発。 天気も体調も上々だ。 イシンカ谷の左岸の側壁をジグザグを切りながら効率良く登っていく。 トクヤラフはもちろん、谷の対岸に屹立するウルスの東峰(5420m)、中央峰(5495m)、西峰(5450m)の荒々しい頂稜部も次第に良く見えるようになった。 この山もイシンカと並んで高所順応のためなどに良く登られている山である。 1時間半ほど登った所でイシンカの隣に聳えるランラパルカ(6162m)の重厚な頂稜部の岩壁が見え、その圧倒的な迫力に一同歓声をあげる。 トクヤラフもヒマラヤ襞と幾重にも重なる複雑で巨大な雪庇を披露し、ブランカ山群の山の険しさをあらためて実感した。 間もなく待望のイシンカが姿を現した。 周囲の高峰から見ると目立たない存在であるが、下から見上げたその山容はまさに“山”という字のような均整のとれたものだった。

   雨期には池となりそうな広いカールの底で、優美なイシンカと荒々しいランラパルカを眺めながら、ラウルがB.Cで調理したランチを温めて食べる。 カールの底から100mほどランラパルカの方向に向けてジグザグを切りながら登ると石造りの立派な避難小屋があり、案内版には『標高5000m』と記されていた。 小屋は人気もなく快適そうだったが、ガイドは一瞥もせずにそこから50mほど下の乳白色をしたイシンカ湖へ向けて下って行った。

   夕方の4時過ぎにH.Cとなるイシンカ湖に到着。 すでに先行していたスタッフによりテントが設営されていた。 体力に勝る外国人はB.Cからイシンカにアタックするのか、あるいは先ほどの避難小屋を利用するのか、湖畔のキャンプ地は私達の隊だけだった。 H.Cのロケーションは素晴らしく、イシンカ湖の対岸に鎮座するランラパルカと、標高以上に高く見えるイシンカが間近に聳え立つ別天地である。 石を積んで造られた半円形の椅子に車座になってティータイムを楽しむが、日没が近いため風が冷たい。 プレ登山とは言え、明日の登山ルートの下見に氷河への取り付き付近まで登っているガイド達の姿が見え、ペルーでナンバーワンと言われる今回のガイドチームの質の高さを感じた。

   妻を初め隊員一同順応の程度に多少の差はあるものの、皆一様に元気そうで安堵する。 H.Cでは明日のアタックのメンバーでテントの割り振りが決められた。 男性チームは私と栗本さんと田路さんの3人と、割石さんと三栗野さんと平岡さんの3人。 女性チームは妻と伊丹さんと近藤さんの3人である。 食堂テントはないので、夕食は夕陽に染まるイシンカを鑑賞しながら外で温野菜と鶏肉の煮込み料理を食べる。


早朝のB.Cから見たトクヤラフ


B.Cの快適な食堂テント


ウルスの中央峰(左)と西峰(右)を眺めながらイシンカ谷の左岸の側壁をジグザグを切りながら登る


ヒマラヤ襞と幾重にも重なる複雑で巨大な雪庇を披露するトクヤラフ


イシンカの隣に聳えるランラパルカ(6162m)の重厚な頂稜部の岩壁に一同歓声をあげる


下から見上げたイシンカの山容はまさに“山”という字のような均整のとれたものだった


お世話になったスタッフの皆さん


H.Cの手前にあった石造りの立派な避難小屋


イシンカ湖畔のキャンプ地


イシンカ湖の対岸に鎮座するランラパルカ


石を積んで造られた半円形の椅子に車座になってティータイムを楽しむ


夕陽に染まるイシンカ


   7月25日、前夜はすぐに眠りについたものの、夜中に何度か頭痛で目が覚める。 田路さんは熟睡、栗本さんは寝言を言っていた。 起き上がることまではしなかったが、寝ながら頭痛がなくなるまで深呼吸を繰り返す。 毎度のことで驚かないが、いつも周りの人よりも1〜2日順応が遅い。 今日は4時に出発する予定なので3時前に起床する。 風もなく、星が沢山見える。 隣のテントの妻に声を掛けると、まずまずの体調とのことで安堵する。 今日はイシンカの登頂後H.Cには戻らず、山頂を越えて直接B.Cに下るという計画なので、荷物をパッキングしてからテントを出る。 私達が出発したあとにポーター達がB.Cに荷物を下ろすという仕掛けだ。 外に用意されていたビスケットなどの朝食を立ち食いし、予定より少し遅れて4時半にH.Cを出発。 しばらく湖岸を歩いてから急傾斜の岩稜に取り付く。 明るければ何でもないが、所々に凍っている所やガレ場があり気が抜けない。 頭の大きさほどの落石があり、ヒヤリとする場面もあった。

   H.Cを出発して1時間半ほどで氷河への取り付きに着いた。 取り付きでハーネスやアイゼンを着けていると夜が白み始め、眼前にランラパルカの岩壁が迫っていた。 取り付きからは予定どおりマックスを先頭に私達のパーティーが先行する。 ヘッドランプは不要になり、周囲の状況が良く分かるようになった。 最初は急であった斜面もすぐに傾斜は緩くなり、間もなく眼下にイシンカ湖が俯瞰された。 相変わらず風もなく穏やかな登山日和だ。 重厚なランラパルカの右に秀麗なオシャパルカ(5888m)も見え始めた。 私達のパーティーは絶好調で、所々で足を止めながら後続隊を待つ。 すでに荒々しいウルスの3つのピークも目線の高さだ。 間もなく暖かな朝陽が当たり始め、早くも登頂を確信する。 しかし先頭のマックスは慎重に所々でヒドゥンクレバスを確認していた。 ランラパルカとイシンカを繋ぐ主稜線のコルに上がると、素晴らしい鋭峰が目に飛び込んできた。 下山後に地図で確認すると、3つの頂を持つワンサン(6395m)だった。 ありがたいことに主稜線に上がってからも風はなく、優美な雪稜の先の山頂とそこからの大展望に期待が膨らむ。 意外にも山頂直下は短いが急な雪壁になっていて、上からマックスに確保されながら登る。 10mほどのナイフリッジの先に猫の額ほどの狭い山頂があった。

   プレ登山とは言え、高度感たっぷりのブランカ山群の記念すべき第一峰に登れたことがとても嬉しかった。 田路さん、栗本さんと固い握手を交わして登頂を喜び合う。 後続隊はまだ雪壁の下に着いてなかったので、先に皆で写真を撮り合う。 まだ9時過ぎであったが、残念ながらワスカラン方面には雲が湧き、眼前のトクヤラフも一瞬その頂が見えただけで、すぐに雲に隠されてしまった。 やはりまだブランカ山群の天候は不安定なのかもしれない。 間もなくエロイとアンザイレンした妻と伊丹さん、近藤さん、イセケル、そしてアグリとアンザイレンした三栗野さん、割石さん、エルセリオ、最後に殿(しんがり)の平岡さんがバレンティンと相次いで狭い山頂に到着し、全員の登頂が叶ったことで一同大いに盛り上がった。 山頂は全員が寛ぐにはあまりにも狭かったので、記念写真を撮り合ってから反対側に少し下った安全地帯で休憩する。 上空は青空だが、相変わらずワスカラン方面の雲が取れないことが玉にキズだ。

   今日は縦走形式なので、ウルスを正面に見据えながら昨日昼食を食べた広いカールの底を目指して登りとは反対方向に下る。 正午前に氷河の取り付きに着くと、H.CからB.Cへ下ろす荷物の中からポーター達がトレッキングシューズをわざわざここまで運んでくれていた。 大名登山もここまでくると本物だ。 登頂が叶ったイシンカを眺めながらラウルが作ってくれたランチを食べ、意気揚々とB.Cへ下る。 360度の展望は叶えられなかったが、全員が登頂出来たことで隊のムードはさらに良くなり、次の目標に向けて幸先の良いスタートが切れた。 あとは体調の維持と本物のアンデスの青空の到来を願うのみだ。 B.Cでは再びトクヤラフが見えたが、依然として雲が多い。 夕食はビーフシチューをご飯で食べる。 ラウルが腕を揮って作ってくれたので味は絶品だが、まだ順応が不完全なので、食欲はあるが腹八分目で我慢する。 夕食中、とうとう恐れていた雨がぱらぱらと降り始めた。 この雨を境に天気は快方に向かうのか、それとも下り坂となってしまうのだろうか?。


出発直前のH.C


湖岸から急傾斜の岩稜に取り付く


氷河への取り付きで夜が白み始め、眼前にランラパルカの岩壁が迫っていた


マックスを先頭に私達のパーティーが先行する


ランラパルカの隣に聳える秀麗なオシャパルカ(5888m)


荒々しいウルスの3つのピークが目線の高さになる


風もなく暖かな朝陽が当たり始める(先頭の4人が私達のパーティー)


優美な雪稜の先の山頂とそこからの大展望に期待が膨らむ


重厚な面持ちのランラパルカ


3つの頂を持つ鋭峰ワンサン(6395m)


ザイルパートナーの田路さん、栗本さんと登頂を喜び合う


山頂直下の雪壁を登る女性パーティー


女性パーティーとガイドのエロイ


全員の登頂で大いに盛り上がったイシンカの山頂


ワスカラン方面には終始雲が湧いていたが、下山途中でトクヤラフの頂が一瞬見えた


ウルスを正面に見据えながら広いカールの底を目指して下る


ランラパルカ(左)とオシャパルカ(右)


氷河への取り付き付近


装備を解き、意気揚々とB.Cへ下る


B.Cからは雲が多いながらも再びトクヤラフが見えた


   7月26日、夜中も時々テントを叩いていた雨は未明には雪となったようで、B.Cもうっすらと白くなっていた。 夜中に2〜3度目が覚めたが、疲れもあってまずまず熟睡出来た。 朝のパルスの数値は83%、脈拍は67だった。 4300mの高度なので私としては普通だ。 今日はレスト日なので朝食をのんびりと時間を掛けて食べる。 昨日の疲れもあるのか、パルスの数値とは別に自分も含め皆の目や顔が少し腫れぼったいような気がする。 午前中は風も強まり、再び雨がパラつく生憎の天気となったが、レスト日でちょうど良かった。 平岡さんの話では今年(今シーズン)は天気が例年に比べて不順で、山に雪が多いとのことだった。 確かに昨日登ったイシンカもガイドブックの写真より雪線が低かった。 また、明日向かうトクヤラフのH.C付近も例年雪は無いが、今年は雪に覆われているだろうとのことだった。

   個人テントに戻り、アイポットの音楽を聴きながら明日以降の準備をして過ごす。 午後に入ると天気は少し回復してきたが、時々強い風がテントを叩く。 昼食は温野菜を鶏肉と牛肉とで巻いたシンプルなものだったが、ソースの味が絶品でまたまたラウルが皆の舌を驚かせた。 登山者相手の商売ではもったいない腕前だ。 食後は平岡さんから明後日のアタック時に使うユマール(登降器)の使い方の説明があり、テントの周りで掛け替えの練習をした後、未経験者と希望者を募って実地の訓練を行った。

   夕方再び雨が降り出し、明日以降のことが気になりテントの中でやきもきする。 当初から危惧していたことだが、予備日がないのは精神的に辛いものだ。 そんな気持ちを和らげてくれるのはラウルの料理で、夕食もまた美味しい鶏肉の煮込み料理を堪能した。


夜半からの雨は未明には雪となり、B.Cもうっすらと白くなっていた


昨日の疲れもあり目や顔が少し腫れぼったい


ラウルの料理に舌鼓を打つ


ユマール(登降器)の使い方の訓練を行なう


夕食もまた美味しい鶏肉の煮込み料理を堪能した


山 日 記    ・    T O P