エル・プロモ(5424m)

   12月28日、午前4時起床。風はまだ収まっていないが、空は明るい満天の星空であり、天気は今日も良さそうである。 陽が当たってくるまではとても寒いので、ダウンジャケットを着込み、オーバーパンツを履いた。 勿論、靴はプラブーツである。 支度を整えてから食堂テントで朝食を食べ、午前5時にいよいよエル・プロモ(5424m)に向けて出発となった。 昨夜の天気予報では午前中は風が強いが、午後は穏やかな天気になるという。 アコンカグアには登れるかどうかも全く定かではないので、プレ登山とはいえ、この山の頂には是非立ちたいと願った。

  経験豊富で高所順応の必要がないというベテランの宮澤さんをB.Cに残し、ヘラルドを登攀隊長、イワンを副隊長とする総勢12名は昨日高所順応のために登った岩屑の急斜面を、ヘッドランプの灯を頼りに黙々と登り始めた。 2人の現地ガイドに加えて貫田隊長・奥田さんといった登山家がサポートしている本当に贅沢なパーティーである。 風はずっと吹き続けている訳ではないが、登るにつれて強さが増してくるようで、そのせいかペースは昨日よりも幾分速いように感じられた。 二重山稜となっている尾根道を登っていくが、高所順応が足りないせいか、体がまだ起きていないせいか足の運びが鈍い。 山頂までの標高差1400m余りが心に重くのしかかってくるが、“この山をクリアー出来なければ、アコンカグアなど夢のまた夢だ”と気合を入れる。

  登り始めて1時間ほどすると辺りは白み始め、ヘッドランプの灯を消す。 時折強い風が吹くと、分厚いダウンジャケットのせいで寒さは我慢できるが、昨日の情報どおり手袋を三重にしていても指先が冷たい。 たまに後ろを振り返るが、ラ・オーヤ下のキャンプ地から登ってくるパーティーは他に見られなかった。 午前7時になってやっと待望の朝陽が当たってきたが、風の強さは衰えることなく、時々耐風姿勢をとらざるを得ないほどになってきた。 風は所々で急に止むこともあるが、突然耐風姿勢もとれないような爆風が吹き、地面に顔を伏せて爆風が通り過ぎるのを待つ場面もあった。 呼吸をするのもままならず、“このまま登り続けて行って大丈夫だろうか?”と経験の無さも手伝って緊張したが、他の隊員達は皆平気な顔をしていた。

  しばらく強風に耐え続けて登っていくと、ありがたいことに周囲に1mほど石を積み上げた2坪ほどの広さの馬蹄形の壕があり、一同そこに逃げ込んで一息つくことが出来た。 そこはまさに山の神に生贄を捧げるための“儀式”を行った場所であった。 あまりの風の強さから、“おそらく今日の登山はここで打ち切りとなってしまうだろう”と内心思った。 ここで引き返すのは残念だが、本番前にアクシデントがあっても困るので仕方がないと思い始めた時、意外にも貫田隊長から「ここでアイゼンを着けて下さい」との指示があった。 不安な気持ちで一杯だったが、下山したいと言い出す軟弱な隊員は誰もいなかった。 私は自分のことだけで精一杯だったので全く気が付かなかったが、壕のなかで一息ついている間に、奥田さんと飯塚さんがこれから先のルート上にある雪の斜面にフィックスロープを張りに行ってくれた。

  壕を出ると風は一段と激しさを増し、前を登る隊員のザックや体を掴みながら、頭を下げて間隔を開けないように一団となって、さながら“ムカデ競争”のように進むこととなった。 間もなく雪の斜面となったが、風で飛ばされても平気なように、奥田さんと飯塚さんが脇を固めてくれたので安心だった。 雪の斜面を過ぎるとようやく風も弱まってきたが、高度のためかシャリバテか足が思うように上がらなくなり、一歩進む毎に立ち止まることもしばしばであった。余りのペースの遅さを見かねた奥田さんが、「隊のペースが落ちるので、ザックを持ちましょう」と提案してくれた。 本当に情けなかったが、他の隊員の迷惑になるといけないと思い、言われるままにザックを預けることにした。しかし、すぐに“素人とは言え私も登山者の端くれだ。こんなことで人を頼っていたのでは、今後登山を続けていく資格はない”と思い直し、奥田さんに「再び遅れるようなことがあったら、その時は必ず従いますから」との条件を付けて、ザックを返してもらった。 大変失礼なことだとは分かっていたが、違う意味でこの登山が苦痛なものとなってしまうので、あえて自我を押し通すことにした。

  呼吸は追いつかず足は上がらないが、頭痛や吐き気といった高山病の症状が出ている訳ではないので、奥田さんと約束した以上何が何でも遅れてはならないと、気合を入れ直し歯をくいしばって登っていくと、トレイルの脇の風の当たらない所で、高度障害で登れなくなり、ぐったりと座り込んでしまっている先行者の姿がポツリポツリと見られるようになってきた。 一瞬彼らの姿を自分にダブらせたが、“ここで脱落するようなことがあれば、アコンカグアには行けないぞ”と何度も何度も自分に言い聞かせた。

  正午を過ぎ、すでに山頂らしき所は頭上に見えてきたが、隊の登高ペースは明らかに落ち、先頭のイワンのすぐ後ろについて登っていた稲村さんの足がとうとう止まった。 間もなく貫田隊長が、あまりここで無理をしないようにとの配慮からであろうか、「現在午後0時半ですが、予定よりも登頂に時間がかかっているため、一応ここで隊としての登山は終了したいと思います」と皆に説明をした。 奥田さんも「このままのペースでは山頂まで1時間半以上はかかると思います」と念を押したが、皆ここまで苦労して登ってきたので、プレ登山とはいえ是非山頂を踏みたいという気持ちが強く、誰一人ここで下山したいと言う隊員はいなかった。 隊員一同の心情を察してか、貫田隊長が「それでは、あと1時間ということで時間を区切り、山頂に辿り着けなくてもその時点で引き返すことにしましょう」と提案し、隊員一同最後の力をふり絞って再び黙々と頂を目指して登り始めた。 やっと高度に順応し足が上がるようになってきた私は、標高差であと150mほど先に見える青空との境目が山頂であれば、あと1時間あればきっと辿り着けるはずだと確信した。 ありがたいことにトレイルを吹き抜ける風の勢いもようやく弱まり、やっと登ることに集中することが出来た。

  午後1時過ぎ、先ほどの地点から1時間を費やすことなく、いちばん元気な淑美さんを先頭に一同順次エル・プロモ(5424m)の山頂に辿り着いた。 どこが一番高い所か分からないような広い山頂はさすがに風が強く、30mほどの爆風が吹き荒れていたが、イワンが指さす先に目指すアコンカグアの雄姿がハッキリと望まれた。 苦労を共にしてきた隊員一人一人と肩を叩き合い、お互いの登頂の成功を祝福しあった。 日本を発つ時には考えもしなかった、感激一杯の登頂だった。 貫田隊長と一緒に最後に登ってきた稲村さんを待って、僅か10分ほどで早々に山頂を辞することとなったが、このプレ登山は“全員登頂”という嬉しい結果に終わったのみならず、アンデスの強風に打ち勝ったことによる自信は“本番”のアコンカグア登山においても非常に役立つこととなった。

  風の強さを除けばトレイル上には危ない所は全くなく、下りは引力の法則に従うだけなので、山頂から3時間余りで宮澤さんとマルセイロが首を長くして待つラ・オーヤ下のキャンプ地に下り、全員登頂の嬉しい報告をすることが出来た。 着替えをして一休みした後、食堂テントでささやかにエル・プロモ登山の打ち上げの祝杯を上げたが、さすがに屈強な廣永さんも胃痛のため打ち上げに参加出来ないほどの大変なプレ登山であった。 私はアコンカグアの頂に立つまでは山中での飲酒は控えようと心に固く誓っていたので、下戸の貫田隊長と二人でジュースで乾杯した。 苦労して登った直後の打ち上げだけに、皆の口は滑らかであったが、ヘラルドが強風で肩を脱臼してしまったことや、稲村さんが強風で舞い上げられ、貫田隊長が飛びついて止めたという話を聞いて驚いた。 当のヘラルドは肩を脱臼しているにもかかわらず、何事も無かったかのように元気に振る舞っている姿には本当に頭が下がった。


風が非常に強く、フィックスロープを頼りに進む


エル・プロモの山頂


エル・プロモの山頂


エル・プロモからの下山中に見た風景


エル・プロモからの下山中に見た風景


写  真    ・    南アメリカ    ・    想い出の山    ・    T O P